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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)151号 判決

原告 中華民国

被告 株式会社中華国際新聞社 外二名

主文

被告株式会社中華国際新聞社、同林炳松は、各自原告に対し金七二〇万円とこれに対する昭和二六年六月一日以降完済に至るまでの年六分の割合による金員とを支払え。

被告酒井テルは、被告林炳松に対して、別紙目録〈省略〉記載の土地及び建物につき売買による所有権移転の登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は、原告において被告株式会社中華国際新聞社、同林炳松に対し各金一〇〇万円の担保を供するときは、第一項に限り、仮にこれを執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項から第三項までと同旨の判決並びに主文第一項についての仮執行の宣言を求める旨申し立て、その請求の原因として「(一) 被告株式会社中華国際新聞社(以下「被告新聞社」という。)は、その経営する新聞の印刷及び発行事業を維持するための借款として、昭和二五年六月一日当時原告政府の日本における出先機関であつた中華民国駐日代表団(以下「中国代表団」という。)を通じて、原告からアメリカ合衆国通貨(以下「米貨」という。)二万ドルを弁済期昭和二六年五月三一日、無利息の約定で借り受け、被告林炳松は右貸借上の返還債務につき被告新聞社のため連帯保証をした。よつて、被告新聞社及び同林は、連帯して原告に対し右元本たる米貨二万ドルを基準外国為替相場により本邦通貨(以下「邦貨」という。)に換算した金七二〇万円と、これに対する昭和二六年六月一日から完済に至るまでの商法所定の年六分の割合による遅延損害金とを支払う義務がある。(二) 被告酒井は、昭和二四年二月一七日その所有に係る別紙目録記載の土地及び建物を被告林に売り渡したが、いまに至るまで右売買による所有権移転の登記手続を履践していない。そして右土地及び建物は被告林の主要な財産に属するとともに、原告の前記(一)の債権の唯一の担保物件となつているにもかかわらず、被告林は、被告酒井に対して、その登記手続を請求していない。よつて、原告は、右連帯保証に基く債権により債務者たる被告林に代位して、被告酒井が被告林に対して、右土地及び建物につき所有権移転の登記手続をすることを求める。」と述べ、被告新聞社、同林両名訴訟代理人の主張に対し、「原告は、日本国裁判所に対し自ら進んで本訴を提起したのであるから、その請求の目的を達する必要な限度で、すでに日本国裁判権に服する態度を明示したものといわなければならない。」と述べた。〈立証省略〉

被告等訴訟代理人は、本案前の主張として、「原告の訴を却下する。」との判決を求め、その理由として、「(一) 外国は国際慣例として、他国の司法権の行使から除外され、唯その特権を放棄し、これに服する旨意思表示した場合は、この限りでないとされるのに、原告はこれをしていないから、原告の当事者能力はこれを否定するほかないし、かつ外交使節たるに過ぎない駐日大使董顕光において原告を代表する根拠も明白でない。(二) 原告は、本訴提起前すでに中華民国四〇年(昭和二六年)一二月被告林を相手取つて台湾台中地方法院に本件貸金取立を提訴し、この訴訟は目下係属中である。したがつて日本国における本訴はいわゆる二重起訴の禁に触れる不適法のものであるから、これを却下すべきである。」と述べた。

被告等訴訟代理人は、本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告の請求原因(一)の事実は、被告会社が原告主張のとおりの会社であることを除き、否認する。もつとも被告新聞社内にその事務所をおいている国際文化企業公司なるものが被告新聞社の文化活動を援助するための資金として、原告主張の日、中国代表団(これが原告政府の機関であることは否認する。)から原告主張の金員をその主張どおりの約定で借り受け、被告林において右借款につき国際文化企業公司のために単純な保証人となつた事実があるのみであるから、借主は、国際文化企業公司であつて、被告新聞社ではない。また中国代表団は、もと「日本の降伏条項、占領と管理、及びこれに対する補助的指令を実施することに関して、最高司令官と協議し、これに助言するために」設置された連合国対日理事会の一構成員である中華民国委員とその随員とから成るものであるが、日本政府の承認のもとに、日本における中華民国及び同国人の利益を代表せしめるため日本国に派遣されたものでなく、したがつて日本との関係における外交使節ではない。言い換えると、中国代表団は、日本国または日本政府に対し、中華民国を代表するものではないといわなければならない。そうすると、中国代表団をもつて原告政府の在日出先機関であるとし、その金員貸付の効果を原告に帰せしめることはできないから、右貸借の貸主は原告であるとはいえない。そして本件借款は、もとより商人ではない中国代表団が国際文化企業公司(これは株式会社組織でない。)をして印刷工場を建設し、被告新聞社の「国際新聞」の発行を援助せしめるため、同公司に供与されたものであつて、商行為をもつてこれを律することはできない。また被告林の本件保証も商行為でない、したがつて、借主と保証人との負う債務相互の間に連帯性なく、その遅延損害金は、商事法定利率によるべきではない。この点でも原告の主張は失当である。」と述べ、被告酒井訴訟代理人は、原告の請求原因(二)の事実について答弁しなかつた。〈立証省略〉

理由

一  本案前の主張について

(一)  国際法上の慣例として、外国国家は、当事者として、わが国の司法権の行使から除外されるのであるが、ただ外国が自ら進んでわが国の裁判権に服する場合は、その限りでないとされ、このような例外は、条約をもつてこれを定めるか、またはその訴訟について、もしくは予め将来における特定の訴訟事件について、外国がわが国の裁判権に服すべき旨を表示した場合に見られる(昭和三年(ク)第二一八号同年一二月二八日大審院決定参照。)。しかして本件において、原告は自ら進んで提訴したものであるから、これによつて、その特権を放棄して、わが国の裁判権に服する旨を表示したものと見られるから、当裁判所は本件につき裁判権を有するといわなければならない。そして鑑定人横田喜三郎の鑑定の結果によれば、原告の機関として中国代表団のもつていた権限は、昭和二七年(一九五二年)八月五日日本と中華民国との二国間の講和条約の効力発生と同時に駐日中華民国特命全権大使に引き継がれたことを認めることができるから、特別の事情のない限り、本件金員貸借にもとづく原告の権利処理の権限は、当然駐日中華民国特命全権大使に引き継がれたものというべく、しかも右鑑定の結果によれば、外国の法廷において国家が訴訟を行う場合に、その外国の法廷で訴訟の当事国を代表する者は、何らかの理由で特別な代表者が任命されない限り、その当事国の外交使節がこれを代表して訴訟を行う国際慣例があることが認められるから、本件の場合において、駐日中華民国特命全権大使たる董顕光が原告を代表することは当然であつて、適法である。

(二)  いわゆる二重起訴の禁止を規定する民事訴訟法第二三一条にいう「裁判所」は、わが国の裁判所を指し、外国裁判所を含まないと解すべきであるから、この点の被告の主張は、それ自体理由のないこと明白である。

したがつて、本案前の被告の主張は、すべて採用できない。

二  本件借款の成立について

中国代表団が昭和二五年六月一日弁済期昭和二六年五月三一日無利息の借款供与(その相手方及び目的については後段でふれる。)として米貨二万ドルを交付した事実については当事者間に争がない。そして、成立に争のない甲第一号証の一、二並びに証人熊透の証言によれば、被告新聞社がその経営する「国際新聞」の印刷及び発行等を維持するための事業資金として米貨二万ドルの借款を申し込んだところ、中国代表団の慎重な審議を経た結果、原告国策を遵奉して原告政府の言論に反対しないことを条件に弁済期、利息共原告主張のとおりの定で被告新聞社に借款が供与されることとなり、その借款供与として被告新聞社に右認定のとおり米貨二万ドルが交付されるに至つた事実を認めることができる。他に右認定を左右するような証拠はない。したがつて、右借款における借主は被告新聞社であると断定するほかない次第である。

そして、右貸付にあたつた中国代表団が原告政府の機関であることを被告において争うのであるが、鑑定人横田喜三郎の鑑定の結果によれば、原告中華民国は、もと日本の占領管理に当つて、連合国最高司令官の諮問機関として設けられた連合国日本理事会(いわゆる対日理事会)にその委員を出しており、中国代表団といえば、原告が派遣している対日理事会の委員とその部下とから成る一団の総称であつたのであるが、もとよりこれは対日理事会乃至は連合国最高司令官に対して原告を代表するものであつて、日本国または日本政府に対して原告を代表するものではなかつたから、本来の建前としては、原告政府から日本政府に対して派遣され、日本政府において接受されて日本と外交交渉を行う原告の対日外交機関とはいえないものであつたけれども、すでに日本の占領管理が実施される当初から在日中華民国人の保護監督を、そしておそくとも昭和二三年頃には貿易関係の事務を、さらに昭和二六年二月一三日からはある範囲において日本政府との間に直接に原告の機関としての外交事務を行い、それを連合国最高司令官及び日本政府によつて承認されていたことが認められるから、連合国の日本占領期間中においても、中国代表団は、右の限度においては、原告を代表する公の機関であつたといわなければならない。

しかも、前認定によれば、本件借款は、結局において在日中華民国人保護のためになされたものであること明かであり、かつ、鑑定人横田喜三郎の鑑定の結果によれば、中国代表団は、連合国の占領の当初から在日中華民国人の保護監督等の外交事務を行うことを連合国最高司令官から認められており、日本国政府もまた連合国最高司令官の指令にもとづいてこれを認めていたことが認められるから、中国代表団によつてなされた本件貸借は、そのまま原告について法律上の効力を生じたものといわなければならない。

これを要するに、被告新聞社は、その営業資金とするため、原告の駐日代表機関である中国代表団によつて原告から前段認定のとおり本件金員の借入をしたものというべきである。

しかして、被告新聞社が新聞の印刷及び発行を目的とする株式会社であることは、被告等の明かに争わないところであるから、本件貸借は、当事者双方に対し商行為として取り扱われるべきものであること明白である。

三  被告林の連帯保証について

成立に争のない甲第一号証の一、二及び証人熊透の証言を合せ考えれば、本件金員貸借につき被告林が被告新聞社のために保証人となつたことを認めることができ、他に反対の証拠はない。しかして本件金員貸借が商行為を以て目すべきものであること前説示のとおりであつてみれば、保証人たる被告林は、商法第五一一条第二項前段の規定により、被告新聞社と連帯してその返還債務を負担したものといわなければならない。

四  したがつて、被告新聞社及び同林は、原告に対し連帯して元本米貨二万ドルを基準外国為替相場により換算した邦貨七二〇万円とこれに対する約定弁済期日の翌日である昭和二六年六月一日から完済に至るまでの商法所定の年六分の割合による遅延損害金とを支払う義務があること明かである。

五  原告の債権者代位について

原告の請求原因(二)の事実は、すべて被告酒井の明かに争わないところであるから、これを自白したものとみなし、それによれば、被告酒井は、原告に対して、被告林のために別紙目録記載の土地及び建物につき昭和二四年二月一七日の売買による所有権移転の登記手続をする義務を負うといわなければならない。

六  よつて、原告の本訴請求は、いずれも正当として認容し、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文、第一九六条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 小川善吉 花渕精一 中川幹郎)

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